×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

稲葉隆が言うには、中学までは背が高くてスポーツの出来る男はそれだけでモテるのだそうだ。
確かに、バスケ部のエース佐々木は調子の悪いときの鹿みたいな顔のくせにやたらモテていた。
例えば西条香。
理科部で背の低い俺の告白を「受験のことしか考えられないから」なんて断った翌日に佐々木に告っていた。
彼女が振られたことが俺にとっていいことなのか悪いことなのかは未だに整理のつかない問題だがそれはどうでも良い。
いや、良くはないんだけど。
ともかく中学時代、背が高く、スポーツが出来る靴べらみたいな男がモテていた。
しかしだ、その1ケースをもってして全てを談じるのはこれはいかんともしがたい。
どのくらいいかんともしがたいかというと、
まあいい例は何も思いつかないが、とにかくいかんともしがたいのだ。
理科部で、しかも幽霊部員で、身長165センチの俺に隠れファンが25人くらいいて、彼女たちは全員すごいシャイでその想いを伝えることはできなかったが確実に俺のことを好きだったと、愛していたと、
いうような妄想の根底を覆す理論を、たった1例で肯定するわけにはいかんのである。
というわけで却下。稲葉却下。
深く頷く俺。結論をつげようと口を開こうとしたところで横槍。
「あーでもそういう面あったよねえ。」上杉桜だ。俺がしゃべろうとするといっつもこうだ。なんだってんだ。喧嘩うってんのか。買うぞ。すごいいっぱい買うぞ。リットル単位で買うぞ。「なんだろーねー、そういば私もそうだったし」
なんですと?
当然食いつく稲葉。
「お、初恋のお相手?」
「んー、幼稚園のをのぞけば、そうかな」
「うわ、大胆だなぁ。付き合っちゃったりしたの?」
「まーねー。」
うわ、ちょっとショック。もう上杉の顔とか見れないかも。なんか顔赤くなっちゃうかも。腫れ物に触るみたくなっちゃうかも。あーショック。
「やっぱりなぁ〜。だからさー俺たちがもてなかったのはしょーがないんだよー、なあ」
「俺たち?俺たちってなんだよ。お前だけだろ?俺はお前、結構アレだったよ?隠れファンとか結構アレだったんだよ?」
「嘘くさ。」
「死ね。」
ここで問題なのは2人から否定されたことよりも死ねといったのが上杉女史であるということだと思う。なんだろうこいつ俺に喧嘩を売っているのか。買うよ。ヘクタールで買うよ。
「三人出身中学が違うからってさーそういう嘘はよくないと思うよ〜。」
「いーや本当です〜。彼女だっていたんだって。西条香っつー。」
「嘘くさ。」
「死ね。」
ああもうちょっと本気で泣きそうなんだけど。
手を握ったり開いたりして悲しみをやりすごしながら、視線を壁にやる。
壁掛けの時計は午後5時をさしていた。
「もう5時だな。」
「あ、話題変えようとしてる。」
「死ね。」
「ああもう許してくれよ〜。」
「駄目」
なにも2人そろって言わなくても・・・・。


俺たち3人が出会ったのはさかのぼること2週間前のこの時間この場所、
入学式の翌日の午後5時文芸部室だった。
正確には部室の扉の前か。(気になるんだよ細かいことが)
文芸部室に至る道は三箇所、職員室方面、教室方面、旧体育館(我が校には体育館が新旧二つある)方面。
俺は職員室方面から、上杉は教室方面から、稲葉は旧体育館方面からやってきて
文芸室前で出会った。
後から聞いた話によると、稲葉は最初に俺を見て「こういうマスコットキャラクターいるよなぁ」と思い、上杉は稲葉を見て「剣道が強そう」と思ったそうだ。なんだ剣道が強そうって。
俺はというと最初に上杉を見て恋に落ちた。
一目ぼれというヤツだ。
身長は俺よりちょっと小さいくらいで、髪の毛は俺よりだいぶ長いくらいで、目が俺よりも大きくてぱっちりしてて黒目がちで、睫は俺の2倍くらいあって、唇は俺より3倍くらい瑞々しくて、首は俺の0.78倍くらいで、
制服きてるからよくわかんないけど体型は結構華奢な感じで、ミニスカートからのぞく脚は細からず太からずでものすごいすらーっとしてて上履きがとても綺麗。
俺も上履きはとても綺麗。
買ったばかりだもの。
ドッキドッキしながら上杉を見ていたらちょっとヨダレがでそうになって、気づいて制服の袖でぬぐった。
「え、なに?口のしまりが悪くなる病気の人?」
声のしたほうを向くと稲葉がいた。
「え?なにそれ?俺が?」
「うん。」
「あー、違う。健康。多分健康。」
「そっか、えーっと、俺は稲葉。稲葉隆。1年3組」
廊下の真ん中で何突然自己紹介始めてるんだと内心びっくりしたけど顔にはださずに「あ、松本。松本佑介。1年6組。」
へー松本くんかぁよろしくねぇと近寄ってきて握手を求める稲葉。何で突然自己紹介した上に握手まで、と稲葉の人格を疑ったが顔には出さず、うんよろしくねぇこちらこそと返して握手した。
「私は上杉。上杉桜。1年10組。よろしく。」
突然の自己紹介に釣られたのか、上杉が言った。
「あ、え?なに?自己紹介をしちゃう病気の人?」
「え、なにそれ、私が?」
「うん。」
お前がだろ、と胸中でつぶやくも言葉にはしない。
「ううん、違う。病気とかはないよ。えーっと握手。」
上杉は俺と稲葉と握手した。
「松本くん、と稲葉くん、だっけ?2人は入るの?文芸部」
「うん、稲葉であってる。あと文芸部に入るよ。上杉さんも?」
「うん。松本くんは?」
「ああもちろん」って言ったけど嘘で、俺はたまたま通りかかっただけだった。職員室から教室にもどるためにたまたま通っただけで、文芸部には何の用もなかった。
でも、恋に落ちちゃったわけだし、落ちちゃった相手が文芸部に入るって言ってるし、
そりゃあ、嘘もつくってもんだ。
「えーっとじゃあ、部室はいろ?」
「鍵開いてるの?なんか誰もいなさそうだよ?」稲葉はドアノブをまわした「ほら、あいてない」
「私、昨日のうちに入部しちゃってて、もう鍵もらってるから平気。入ろ?」
「わあすごい。昨日入学式だったのに。行動はやいなぁ上杉さんは。ねえ松本くん。」
「ん?ああ。そうね。すごいや上杉さん。」
「えへん」


一目ぼれ。
恋に落ちるパターンの中ではもっともやっかいなものだと、俺は思う。
何しろ、相手の性格も、性癖も、弱点(多分火に弱い。生き物はたいてい火に弱いからだ)も、胸の大きさも、やたら俺に対して喧嘩越しでしょっちゅう「死ね」って言ってくる特徴を持ってることも知らないままに好きになってしまう。
おーい想像してたのとちっげーぞ〜なんて思ったところで恋心という名の大火事は鎮火することもなく、胸の奥では40過ぎのおばさんが「まってあの中にはまだうちの子が」みたいなことを言いながら燃え盛る俺の心マンションに入ろうとするのを必死で止める消防員。「奥さん危険です。」「じゃあ息子は危険じゃないっていうの!」「それは・・・」「いいからいかせて!」
「待ちたまえ!」
そこに現れる稲葉隆。
え?
稲葉隆?
「俺にまかせたまえ。」自信満々に胸を張って、俺の心マンションに飛び込む。
おいおい、俺の恋心が成せる炎は伊達じゃねえぜ?死んじゃうよ?まじ死んじゃうって。
ほどなく、
煤で全体的にドリフ爆発後調になった稲葉が泣き叫ぶ子供を抱えて俺マンションから出てくる。「ああ!義男ちゃーん」なんつってかけよるおばさん。名は敏子。
「もう大丈夫ですよ。」ティッシュの箱みたいな顔でやさしく微笑む稲葉。「ね、義男くん」
胸に抱えられた義男、あれ?
桜だ。
上杉桜だ。
「ありがとう、稲葉くん。」
上杉はくすぐったそうに微笑んで「好き」
ええ・・・?

なんだそりゃ

「松本」
うるさいよ、今それどころじゃないよ。なんでそんなことになってんのよ。
「松本、松本佑介」
なんだっていうんだよ。あーあー俺の心マンション鎮火しちゃってんぞ、燃えろ燃えろ。
「松本!」
うるさいな、今それどころじゃないつーとろうが。喧嘩売ってるのか。買うぞ。東京ドーム4個分買うぞ。
「まーつーもーとー!起きろ!」
起きろ?
ふがっと目を開けると、俺の心マンションも稲葉と上杉と敏子も消防隊員もそこにはなく、いたのは微妙になじまないクラスメイトと古典の木村直行教師30代後半であり、なぜか木村教師はすごい怒っていた。
「今授業中だぞ、寝てるんじゃないこの馬鹿が。」
「す、すいません。2年前から寝てなくて。」
「あ?」
「冗談です。すいません。」
「真面目にやれ、ばか者が。」
ふぅ、えらい目にあったよ。
どうやらさっきのは夢だったらしい。夢なんて俺の願望をかなえてナンボだろうに嫌な光景見せてくれやがってなんだっつーの。ため息とかでちゃうよね。
やれやれ。
「松本くん」
後ろから声がしたので首を若干横に向けて目線を可能なかぎり端にやって確認すると、後ろの席の女見えた。目が合うと彼女はにこっと笑った。いい笑顔だ。
彼女はいまいち馴染めないクラスメイト諸君の中ではだいぶ馴染める子で、名前を藤崎紅葉という。
変な名前。
身長は俺よりちょっと大きめで、髪の毛は俺と同じくらいで、目が俺よりもやや大きくて瞳が若干茶色がかっていて、睫は俺の1.825倍くらいあって、唇は俺よりふっくらしていて、ミニスカートからのぞく脚はしゅっとしていて、上履きがとても綺麗。
俺も上履きがとても綺麗。
「なに?」
「寝ちゃ駄目だよ。」
そんなことわかっとるわいぼけぇと一瞬思ったけど顔には出さないところが俺の優しさ。
「うん。もう寝ない。」
「目赤いよ。泣いたの?ほっぺたに痕ついてるし」
「え、本当?やだなぁ。」
「悲しい夢をみたの?」
ねえねえちょっと今授業中なんだけど後ろ向いておしゃべりとかしてたら絶対怒られるんだけど空気読んでくんないかなぁ俺今さっき怒られたばっかりで多分すごい印象悪くなってるのにさらにおしゃべりまでしてたら、これはもう最悪な人間みたく思われちゃうじゃないのさ。校舎の窓ガラスを盗んだバイクで壊してまわりながらピンボールのハイスコア競いあうことからの卒業、みたいなやつだと思われちゃうって絶対。放送室を占拠して俺たちは腐ったみかんじゃねえつったところで機動隊が現れて連行される加藤、暴れる加藤、カメラはスローモーションになり流れ出す中島みゆき的なヤツだと確信されちゃうって間違いなく。
まだ入学して2週間と1日だというのにそんな印象を持たれるなんて最悪。
しかもこの角度は首がすごく痛い。
「うん、なんかすごい燃えてたの、マンションが。」
「うそぉ、大変。」うんどっちかっていうと今君が話しかけてくる状況のほうが大変っちゃー大変なんだけどね。そう思わないか君は。「誰かお亡くなりに?」
興味津々だなおい。目もなんか痛い。なんか酔いそう。
「あー、えーっとギリギリで助かったの。子供が。ぶわーってなって。」
「よかった〜。夢でも人が死んじゃうのは辛いもんね、助かってよかったねえ。」
「そこ!なにをくっちゃべってるんだ!お前またか!お前はなんだ!さっきまで寝てたやつじゃないか!ちょっと立て!」
夢で人が死ぬより、今教師との関係を悪化させるほうが辛いよなぁ・・・。
はぁ。
立ち上がり様に藤崎を見るとすまなそうな顔をしていた。
ちょっとかわいかった。
ふむ。
ま、いっか。


授業を中断して12分間にわたり行われた松本吊るし上げまショーが終わったのは、木村教師の温情ではなく終業のチャイムがなったおかげだ。木村教師は12分間では怒り足りなかったらしく「放課後、職員室に来い」と言い残して教室を後にした。
やれやれ。
後頭部をボリボリと掻いて着席する。シャーペンと消しゴムをペンケースに放り込んで、教科書とノートと一緒に鞄に突っ込む。
あと2,3分で担任の川村がきて学活、あのおっさんはズボラだから一言二言しゃべって解散、そしたら職員室行って説教に30分として・・・。
3時50分には部室いけるな。
「松本くん。」
振り返ると藤崎が申し訳なさそうな顔でこっちを見ていた。
「ごめんね、私のせいで。」
元はといえば俺が寝てたのが悪いんだし藤崎が負い目を感じる必要はない、と言葉に出来るほど立派な人間ではない俺は、ちょっとムスっとした表情を作って「気にすんなって」と言った。
大人気ないねえ。
「でも・・・。」
「いや、たいしたことないからさ。」もうこの話題はナシにしてほしいなぁ。なんだかこのまま続くと藤崎に当たっちゃいそうだ。
「気にすんなって。」すこし語気を強くして言った。ああ大人気ない。
「職員室呼び出しまでされちゃったし・・・」
「いいって、ほら俺文芸部だからさ、職員室と部室近いし。うん、大丈夫だって。」
藤崎は納得がいかないような表情で「うぅん」と唸って黙ってしまう。落ち込んだのだろうか。
なんか俺が悪いことしたいみたいだ。
「ごめんな、なんか」
反射的に謝ってしまう。下っ端体質なんだよ。人の機嫌を伺っちゃうっつーかさ。藤崎が不思議そうな顔をしたので「なんかな。」と言って机に突っ伏して寝たフリをする。
なんだか胸の奥がモヤモヤして気持ち悪かった。
「うぉーい、学活はじめるぞぉ、お前ら席につけ〜」
今日は部室寄るのやめてこのまま帰っちゃおうかなぁと思案しているところに川村教師が登場。いつもどおりやる気のない学活が始まった。


意外にも木村教師の説教は短く、2,3分人格を否定されるだけですんだ。地獄に仏ってやつだ。
やっぱり部室に寄ろう、と思い直して職員室のドアを開けると目の前に藤崎がいた。
びっくりして「ふぉつっすぺ」と小さく叫ぶと、それに驚いた藤崎が「ふぃなっふぃ」といいながらびくっと痙攣した。
思わず吹き出してしまう。一呼吸おいて藤崎も吹き出す。
そのまま2人で爆笑。
ゲラゲラゲラ。
職員室のドアの前(しかも俺はまだ職員室内)で爆笑してたらまた怒られてしまうととっさに気づいた俺は藤崎の手を引いて文芸部室の前まで走った。15メートルくらい。
爆笑しながら。
ゲラゲラゲラ。
爆笑しながら廊下を全力疾走する男女、という図式がツボに入り笑いが止まらない。
横っ腹が引きつってうまく言葉が出ないのをなんとか調節して喋る。
「あー面白かった。ぶふっ。あ、ごめんね急に走ら、ぶっ、せて。ヒヒ、なん、か、混乱して。ブッ、あそこで爆笑してると怒られ、そう、ブッ、でさ。でも藤崎は関係ねえか。ぶふっ」うまく喋れない。
「ううん、私も、ヒッ、笑ってたし。ぶふっ」
藤崎も笑いが止まらないらしい。
ブフゥ、ゲラゲラゲラ。
「はー笑いすぎて腹痛え、ヒッヒッ。ブフー、あ、藤崎はしょ、ブフッ、職員室に、な、なんか用だったの?ぐふ、ヒッ、ヒッ」
「う、ううん、ヒッ、ヒッ、ま、松本ぎゅん」
「ま、松本ぎゅん!?ぎゅんて!ぎゅんて!?」
ぎゅん、がツボに入り収まりかけていた笑いが爆発する。
「ぎゅ、ぎゅん!うははははははは。ぎゅん」
ああもうこれはしばらく話なんかできねえ。
俺はぎゅんぎゅん言いながら3分くらい笑い転げた。
ごめんごめんぶふ、ぎゅんって言っちゃったあはははははと言いながら藤崎も同じくらい笑い続けた。
「あーようやく収まってきた。えーっとなんだっけ。あ、そうそう藤崎職員室に用事?」
「ううん、松本くん待ってたの。謝りたくて。ごめんね本当に。」
健気な子だねえ。
「気にしなくていいのに。」教室のときとは違って素直な気持ちでそう言えた。笑いの力は偉大だ。「たいしたことじゃないよ。こっちこそごめんな。」
「どうして松本くんが謝るの?」
「わかんないけど、嫌な気持ちさせちゃったとかさ。ごめん。」
「ううん、こっちこそごめん。ていうか、悪いの私だし。」
ああなんかいいなぁこういうの。ちょっと青春っぽい。藤崎いいヤツだなぁ。胸の奥がじんわりしてくる。冬場に風呂に入ったときみたいな感じ。
「あー、じゃあさ、えっと、おわびっつーことでこれからちょっと遊ばない?変な意味じゃなくてさ。俺この後暇で。駄目ならいいんだけど。」
自然とそんな台詞が出た。
「え、うん。いいよ。今日部活ないから。なんか奢るよ。オヤツ。一緒に食べよ。でも私この変詳しくない。家この辺じゃないから。」
「あ、俺も。川向こうなんだ家。電車で2駅。えーっと、じゃあ一緒に探そうよ。美味しそうなもん売ってる店。」
「うん。そうしよ。」
藤崎はにこっと笑った。
あれ、今日、良い日かもしんない。

我が城西高校がある松田市豊広町は坂の多い町だ。
豊広町出身の稲葉いわく、城西高校は町内で最も急勾配の坂の上(坂というか小高い丘、ちょっと低い山くらい)にあるのだそうだ。冬場雪でも降ろうものなら路面凍結で坂を登れなくなることもあるのだという。登れなくなった場合は休校、と生徒手帳に書いてあった。嘘みたいな話だが生徒手帳は嘘はつくまい。
俺と藤崎は裏門から出て、しばらく歩いたところにある人気のない小さな公園に行った。
坂というか丘の上にあるこの公園からは、町中が一望できる。
よくしらない町を散策する前にまずは概観を知ろうというわけだ。
公園にきたのは二度目で入学式翌日、稲葉に連れられてきたのが最初だった。あのときは夕方で、茜色に染まる街並みがとんでもなく綺麗でちょっと泣きそうになってしまった。
今日はまだ日没には早く、なんてことない風景だったが、初めてみる藤崎は「うわぁ〜すごーい」と感動していた。
「よくこんな場所知ってるねえ。」
「うん。文芸部の友達に教えてもらったんだ。地元だからこの辺詳しいんだって。」そこで気がついた。「あ、あいつに聞けばよかったねえ。店とかさ。」
「ううん。そしたらこの風景見れなかったもん。それにほら知らない場所を探索って冒険してるみたいで楽しいよ絶対。」
「冒険かぁ。」
冒険、というキーワードに胸の奥がむずむずする。何かとんでもないことが巻き起こりそうな予感。走り出したくなる。
我ながら子供っぽいな。
「あのあたり、ちょっと繁華街っぽいよ。」
藤崎が指した場所は商店みたいな店構えの建物が密集していた。中心点で線路とぶつかっているのでおそらく駅前商店街か何かなのだろう。
「あ、本当だ。線路が通ってるね。方向からすると東豊広駅なのかな。こっからだと歩いて30分以上ありそうだねえ。一旦豊広駅いって電車つかう?」
「歩こうよ。冒険だもん。そのくらい歩いてこそだよ。」
「そだね。よし、行こう。」
「あ、でももうちょっとこの景色みたいな。」
「うん。」
俺は藤崎と少し離れて、風景と藤崎の後姿を見ることにした。
なんとなくね。
4月の気持ちいい風が藤崎のショートヘアとスカートをほのかに揺らしていた。空は青く、薄い雲がゆったりと流れていた。遠くで子供のはしゃぐ声がした。町は静かに、穏やかに佇んでいた。
やっぱり涙が出そうになった。手をにぎったり閉じたりしてやりすごす。
どのくらい経っただろうか。
藤崎が振り返り「よーし!いこー」と言った。
俺はおう、と返事をした。
通学路とは逆の坂道を降りる。
「こっちは角度が緩やかなんだねえ。緩やかで長い。」
「あ、ほんとだ。松本くんよく気がつくねえ。私全然わからなかった。」
「俺、繊細だからさ。」
「はいはい。」
「あ、ひっでぇ。信じないんだなぁ。」
「ふふ。」
「そういえば藤崎の趣味は?」
「突然だねえ。えーっと音楽鑑賞と観劇かな」
「あ、演劇部だもんねえ。将来は役者とか?」
「極端だなぁ」藤崎は笑った。「演劇部にいるだけで役者になっちゃったら世の中役者だらけになっちゃうよ。」
「それもそうだ。」
「松本くんだったら文芸部だから小説家かな。」
「ははは、あり得ないね。俺小説なんか読んだことすらないよ。」
「それで文芸部?へんなの。」
入部した動機が不純なもんでね。
上杉の顔を思い浮かべる。はっきりくっきり、細部まで細やかに、フルカラーの上杉桜を。どういうわけか俺にだけ冷たくて「死ね」だの「カス」だの「羊のほうが利用価値がある」だの散々言ってくる上杉桜を。
・・・。
嫌われてんだろうなぁ、俺。
胸がちくっと痛んだ。
今頃何やってるかなぁ上杉は。
稲葉と仲良くおしゃべりですかね。
あれ、なんかまた胸がちくっとした。
心不全か?
「その場のノリで入っちゃってさ。最近ちょっと後悔気味だったりするんだよね。」
「へえ。文芸部って上杉さんがいるところだよねえ。」
「え、上杉さん知ってるの?」
「中学一緒だもん。」